会社員時代は締め切りに追われていた。個人で本を出すようになって気づいたのは、誰も締め切りをくれない、という当たり前の事実だった。追う相手がいない自由と、その静かな難しさについて。
会社勤めをしていた頃、締め切りは向こうからやってくるものだった。金曜の夕方までに、月末までに、次の会議までに。誰かが線を引いてくれて、その線に間に合わせるのが仕事だった。正直、締め切りは嫌いだった。追われている感じがして、いつも肩のあたりが重かった。
個人でKindleの本を出すようになって、まず戸惑ったのはそこだった。誰も締め切りをくれない。原稿を今日出そうが、半年後に出そうが、催促のメールは一通も来ない。自由といえば自由だ。でも、その自由は思っていたよりずっと静かで、少しだけ心細かった。
追う相手が、いなくなって
締め切りがないと、人はどうなるか。私の場合は、書かなくなった。正確に言うと、「いつでも書けるから、今日は書かなくていい」という日が、気づけば何週間も続いていた。
明日でいいことは、明後日でもいい。明後日でいいことは、来月でもいい。そうやって先延ばしを重ねているうちに、最初にあったはずの熱がゆっくり冷めていく。冷めた原稿を温め直すのは、新しく書き始めるよりもずっと骨が折れる。半分書いて放置したファイルが、フォルダの奥に何本も眠っている。あれは、締め切りをつくれなかった私の記録みたいなものだ。
自由は、勝手にやる気をくれたりはしない。むしろ、こちらから何かを差し出さないと、何も返してくれない。そのことに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。
小さな線を、自分で引く
そこで、締め切りを自分でつくることにした。といっても大げさなものではない。「今週の日曜までに、この章の下書きを終える」。そのくらいの、ごく小さな線だ。
コツは、達成できるかどうか少し不安なくらいに設定すること。楽すぎると気が緩むし、厳しすぎると最初から諦めてしまう。ちょうど背伸びして届くあたりに線を引くと、不思議と体が動く。手帳に一行書くだけでいい。守れなかったら、翌週に引き直せばいい。相手は自分なのだから、交渉の余地はいくらでもある。
面白いのは、会社員時代あれほど嫌いだった締め切りが、自分でつくると少しだけ愛おしく感じられることだった。追われるための線ではなく、前に進むための線。同じ締め切りでも、誰が引いたかで意味がまるで変わる。
出版まわりの数字は、ロイヤリティの割合にしても対応する形式にしても、思っているより頻繁に変わる。そういうものは最新はKDP公式で確認を、と自分に言い聞かせている。でも、締め切りだけは公式には載っていない。あれは自分の中にしかない線だ。
誰も引いてくれないから
思えば、大人になるということは、誰かに引いてもらっていた線を、少しずつ自分で引けるようになることなのかもしれない。仕事も、暮らしも、たぶん書くことも。
今日も私は、手帳に小さな締め切りを一つ書いた。守れる保証はどこにもない。それでも、線が一本あるだけで、明日の自分がほんの少しだけ動きやすくなる気がする。
誰も引いてくれないなら、自分で引けばいい。ただそれだけのことを、こんなに時間をかけて覚えたのだった。
※この随筆は個人の見解・体験にもとづく読み物です。お金・税・法律に関わる話は一般論であり、 実際のご判断は必ず公式情報や専門家でご確認ください。

