年収が上がっても、ある額を超えると幸福度はあまり変わらない、という有名な話。お金と幸せの距離感について、KDPで小さく稼ぐ人たちを見ていて思うことを書きます。
お金があれば幸せか、と聞かれると、たいていの人は「そうとも限らない」と答える。でも、じゃあお金はいらないかと聞かれると、そうも言えない。この宙ぶらりんが、たぶん正直なところだ。
「ちょうどいい」はどこか
昔から言われる話に、年収がある水準を超えると、そこから先は増えても幸福度がそんなに上がらない、というものがある。生活の不安が消えるところまでは効くけれど、その先の伸びは鈍い、と。
数字そのものより、私はこの話の「形」が好きだ。お金は、幸せの土台ではあるけれど、幸せそのものではない。土台がぐらついていると何もできないが、土台を無限に厚くしても家が広くなるわけではない。
小さく稼ぐ人たちの顔
寺子屋で、Kindle出版で月に数万円を稼ぐようになった人たちを見ていると、そのお金の意味が、金額以上に見えてくる。
月5万円は、人生を一変させる額ではない。でも「自分の書いたものが、誰かに届いて、お金になった」という事実は、その人の背筋を少し伸ばす。もう一冊書こう、という気持ちにさせる。この、金額に還元できない部分が、たぶんいちばん効いている。
距離を、自分で決める
お金と幸せの距離は、たぶん人それぞれで、正解はない。ただ、その距離を他人や世間に決めさせず、自分で決めている人は、金額の多い少ないにかかわらず、穏やかに見える。
書くという営みは、その距離を測り直すのにも向いている。自分は何を伝えたくて、何のために稼ぎたいのか。一冊書こうとすると、いやでも向き合うことになるから。
※この随筆は個人の見解・体験にもとづく読み物です。お金・税・法律に関わる話は一般論であり、 実際のご判断は必ず公式情報や専門家でご確認ください。

