売れた冊数とは別に、読まれたページ数という数字がある。冊ではなくページで届くその報告を眺めながら、指標との距離感について考えた夜の話です。
KDPの管理画面には、売上のグラフとは別に、もうひとつ棒グラフがある。既読ページ数、いわゆるKENPだ。Kindle Unlimitedで読まれた分のページ数が、日ごとに積み上がっていく。冊ではなく、ページで数えられる。
初めてその棒が立った日のことを、まだ覚えている。数字は三十七だった。三十七ページ。同じ日の販売冊数はゼロのまま。誰も買っていないのに、誰かが読んでいる。その状態が、しばらく飲み込めなかった。
三十七ページの、その先
三十七ページというのは、私の本でいうと第一章の終わりあたりだ。まえがきを読んで、目次を見て、最初の章を読み切ったところで、その人はいったん端末を閉じたことになる。
翌日、棒は伸びなかった。その次の日も。四日目に、また少し増えた。戻ってきてくれたのか、別の誰かなのかは分からない。KDPの画面は、そこまでは教えてくれない。分かるのは合計の枚数だけで、誰が、どこで、どんな顔で読んだかは一切見えない。
見えないのに、想像はしてしまう。通勤電車かもしれない。寝る前かもしれない。第二章の書き出しがもたついているのは自分でも分かっていたから、そこで止まったのかもしれない、とも思った。
思ったところで確かめようがない。それでも、その三十七という数字は、私がこれまで受け取ったどんな感想よりも具体的だった。誰かが、私の文章に三十七ページ分の時間を使った。その事実だけが、素っ気なく画面に置かれている。
数字は、読者の速度ではない
そのうち私は、この数字と少し距離を取るようになった。理由はいくつかある。
ひとつは、KENPの単価が固定ではないこと。読まれたページに対して支払われる金額は、月ごとに用意される原資を全体の既読ページ数で割る形で決まる仕組みになっている。だから、同じ百ページでも月によって金額が違う。制度そのものも、時期によって見直されることがある。数字が変わりうる話なので、最新はKDP公式で確認を、としか言えない。
もうひとつは、ページ数が読者の満足度と一致しないこと。文字を大きくして読む人もいるし、図の多い本はページの数え方が変わってくる。最後まで読まれても数字が伸びない日があるし、途中で止まっていても数字だけは大きい日がある。この棒グラフは、読者の体験を測っているのではなく、あくまで支払いのための計測なのだ。
そう理解してからは、日々の増減で気持ちが上下することが減った。減っただけで、なくなってはいない。今も朝いちばんに開いてしまう日はある。
積み上がっていくもの
半年ほど経って、グラフを月単位に切り替えてみた。日ごとに見ていたときはガタガタの折れ線にしか見えなかったものが、月でまとめると、ゆるやかな段になっていた。派手な山はない。ただ、去年の同じ月より少しだけ高い。
冊数のグラフのほうが分かりやすい。売れた、という一言で済む。けれどページ数のグラフは、もう少し湿った情報を持っている気がする。買われた本が読まれるとは限らないのに、こちらは読まれた分しか増えない。棚に置かれただけの本は、この棒を伸ばさない。
だから、この数字を見るときは、金額のことをいったん脇に置くようにしている。今月は何万ページ読まれた、ではなく、何時間分の時間をもらった、と読み替える。ページを金額に換算するのはAmazonの仕事で、時間に換算するのは書いた側の仕事だ、というくらいの気持ちでいる。
今日も棒がひとつ、低く立っている。誰かが、どこかで、私の文章を途中まで読んで、端末を閉じた。その人が明日開くかどうかは分からない。分からないまま、私はまた次の原稿の、もたついている書き出しに戻る。

