自分の本を、期間限定で0円にしてみた。値段をつけるのとは違う種類の勇気がいる。何も起きなかった初日と、数週間後にひとつ増えていたレビューの話。
自分の書いた本を、期間限定で無料にしてみたことがある。
KDPには、特定のプログラムに登録していると一定期間だけ価格を0円にできるしくみがある。日数や条件、対象になる本の種類は見直されることがあるので、細かいところは最新をKDP公式で確認してほしい。私はそのとき、五日間ぶんを一気に使った。
設定画面でボタンを押す前、しばらく手が止まった。値段をつけるのも勇気がいる作業だけれど、0円にするのはまた別の勇気だった。自分の書いたものを、自分の手で「無料です」と宣言する。その気恥ずかしさが、思っていたより大きかった。
無料にした日の、静けさ
開始日の朝、特に何も起きなかった。
告知らしい告知もしていなかったから当然といえば当然なのだけれど、それでも心のどこかで、何かがどっと動く場面を想像していたらしい。実際は、半日でダウンロードが数件。夕方に見てもう数件。順位のような数字が少し動いて、また止まった。
二日目に少し増え、三日目はまた静かになった。四日目、五日目は、ほとんど何も見なかった。見ても増えないことを、三日目で学んでいた。
無料にすれば人が押し寄せる、という絵は、少なくとも私の本には起こらなかった。たぶんそれが普通で、うまくいった話ばかりが目に入るから、普通が見えにくくなっているだけなのだと思う。
「タダ」のほうが、こちらが試される
やってみて意外だったのは、無料のほうが気が抜けなかったことだ。
お金を払って買ってくれた人は、その値段のぶんだけ、少し気長に付き合ってくれるところがある。ここは退屈だけど、まあ買ったし、と読み進めてくれる余地がある。ところが無料で受け取った本には、その余地がない。合わないと思った瞬間に、なんの損もせず閉じられる。
だから、最初の数ページの手ざわりがそのまま結論になる。安いから読まれるのではなく、気になったから開かれた本として、こちらの姿勢が問われている感じがした。値付けの話をしていたときには気づかなかった角度だった。
ちなみに、無料で配ったぶんが読まれたかどうかは、こちらからはよく見えない。読まれたページ数として数字が立つのは別のしくみのほうで、そのあたりの仕様も折々に変わる。気になる人は、これもKDP公式で確かめるのが早い。
終わったあとに、残ったもの
五日が過ぎて元の値段に戻すと、画面はまた静かになった。無料期間のダウンロード数が、そのまま売上に化けるということもなかった。数字の上では、ほとんど何も残っていない。
ただ、それから数週間して、レビューがひとつ増えていた。短い、二行くらいの感想だった。無料の期間に受け取った人かどうかは、確かめようがない。それでも、あの静かな五日間のどこかで、誰かが自分の端末にこの本を入れて、最後まで開いていたのだと思うと、妙に落ち着いた気持ちになった。
無料キャンペーンは、たいてい集客の技術として語られる。露出を取るための一手、という言い方をされる。それは間違っていないのだろうけれど、私にとってはもう少し個人的な出来事だった。値段という壁をいったん外して、自分の書いたものが誰かの手元に届くところだけを、五日間だけ見せてもらった。そんな感じがしている。
次にやるかどうかは、まだ決めていない。ただ、あのとき何も起きなかった初日の朝のことを、たぶんしばらく覚えている。

